【不動産判例紹介】実際に事故が起きてからでは遅い――建物所有者の「危険放置」に約1,000万円の賠償責任を認めた東京地裁判決
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建物の外壁タイルの剥落事故は、全国で繰り返し発生しています。幸いにして無人のまま落ちるケース、あるいは物損で終わるケースもありますが、一歩間違えれば通行人や利用者の生命・身体に重大な被害を及ぼしかねない事故です。そのため建築基準法では、一定規模以上の建築物について定期調査を義務付け、外壁の劣化や剥落のおそれについて点検を求めています。
しかし、調査で是正を指摘されても直ちに修繕されるとは限りません。「応急処置をした」「消防署が確認した」「まだ人的被害は出ていない」といった理由から、本格的な補修が先送りされる例も少なくありません。
東京地方裁判所平成31年3月25日判決は、そのような危険管理の在り方に重要な判断を示しました。本件では人的被害は一切発生していません。それにもかかわらず、建物所有者は隣接するコインパーキング事業者に対し、営業停止による逸失利益約1,000万円の賠償を命じられました。
「事故が起きたか」ではなく、「危険な状態を放置したか」が判断の基準
本判決は、現実の被害発生の有無にとどまらず、危険が現実化する可能性を中心に工作物責任を判断した点で、建物所有者のみならず、不動産管理会社、マンション管理組合、さらには不動産を利用する一般の方にとっても参考となる内容を含んでいます。
事案の概要:是正指摘の後に繰り返されたタイルの剥落
被告Yは、地上9階建てのホテル建物を所有していました。本件において損害賠償が請求されるに至った経緯は以下の通りです。
📌 事案の経過と外壁管理の実態
- 平成27年:建築基準法12条に基づく定期調査において、建物全体で外壁タイルの剥落が認められ「要是正」と判定されるが、抜本的な修繕工事は実施されず。
- 平成28年:タイル剥落事故が発生し、消防署が出動。
- 平成29年4月:剥落したタイルが隣接するコインパーキング内へ落下。駐車場を運営していた原告Xは、安全確保のため全16車室のうち危険範囲にある10車室の閉鎖を継続。
- その後:平成29年9月、平成30年4月、平成30年9月とタイルの剥落事故が繰り返され、一部に防護ネットが設置されたものの、外壁全体の修繕は行われない状態が継続。
原告Xは建物所有者Yに対し繰り返し修繕工事を求めましたが、本格的な補修は実施されませんでした。そのためXは、営業停止によって生じた逸失利益約1,000万円などについて、民法717条の工作物責任に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起しました。
裁判所の判断:通常有すべき安全性を欠く状態の認定
裁判所は、建物所有者の責任を認めました。ポイントとなったのは、民法717条にいう「工作物の瑕疵」の考え方です。
工作物責任は、建物が通常備えるべき安全性を欠いている状態であるかどうかによって判断されます。本件では、定期調査で是正を求められていたこと、実際に複数回タイルが剥落していたこと、外壁には広範囲にひび割れや劣化が認められたこと、そして建物所有者が長期間にわたり根本的な修繕を実施しなかったことなどを総合し、「通常有すべき安全性を欠いている」と認定しました。
判決における基本的安全性の捉え方
裁判所は「現実に人的被害が発生していること」を要件とせず、最高裁判例を引用しながら、放置すればいずれ通行人等の生命・身体・財産に危険が及ぶ状態であれば、それだけで建物としての基本的安全性を欠くとの考え方を示しました。事故そのものの発生ではなく、「危険が現実化する可能性」が判断の中心となっています。
「応急処置」と「根本的な危険の除去」の区別
建物所有者は、「消防署が確認した」「浮いているタイルは除去した」「防護ネットを設置した」などの事情を挙げ、安全性は回復していると主張しました。
しかし、裁判所はいずれの主張も採用しませんでした。消防署が確認したとしても、それは建物全体の安全性を保証するものではありません。また、防護ネットについても、落下状況によっては隙間からタイルが飛散する可能性がある以上、安全性を十分確保したとは評価できないと判断されました。応急措置によって危険を一時的に軽減したことは認められても、危険そのものを除去しない限り、工作物責任を免れる理由にはならないという実務上の原則が示されています。
客観的な危険範囲に基づく損害額の認定
一方で、裁判所は原告側の主張を全面的に認めたわけではありませんでした。営業停止の範囲については、合理性に基づく検証が行われています。
裁判所は、建物に近接する10車室については営業停止を相当と認めましたが、建物から10メートル以上離れた6車室については危険の現実化が認められないとして、逸失利益の対象外としました。危険性が存在するからといってすべてを閉鎖して当然とするのではなく、客観的な危険範囲を検討した上で損害額を算定しています。危険を過小評価することも、過大評価することも避け、実態に基づいた判断がなされています。
実務および不動産選定における示唆
本判決は建物所有者や管理会社に対し、定期調査で要是正の指摘を受けた場合に「まだ事故が起きていない」という理由で対応を先送りすることは大きな法的リスクとなることを示しています。また、一度剥落事故が発生した後に根本的な修繕を行わず、応急処置のみで済ませることも、安全性確保としては不十分と評価される可能性があります。
本件では人的被害がなかったため営業損害の賠償にとどまりましたが、仮に負傷者が生じていれば、工作物責任による民事責任だけでなく、業務上過失傷害等の刑事責任が問題となる可能性もありました。
この考え方は、建物を利用する側や事業者にとっても重要な指標となります。外壁全体に防護ネットが張られている建物や、長期間にわたり外壁補修が行われていない建物を目にする際、「応急措置がされているから安全」と短絡的に考えるのは適切ではありません。建物の維持管理状況や修繕の実施状況は、不動産の利用や賃借、事業用物件の選定において確認すべき重要な要素の一つといえます。
まとめ:建物管理における適切な措置とリスクコントロール
本判決が示した最大のポイントは、「事故が起きたかどうか」ではなく、「危険を認識しながら放置したかどうか」にあります。工作物責任は、通常備えるべき安全性を欠いた状態が継続し、危険が現実化する蓋然性が認められれば、その時点で法的責任が問題となり得ます。
建物の老朽化は避けることのできない現象ですが、その危険性を把握しながら適切な措置を講じないことは、建物所有者のみならず、周辺で営業する事業者や利用者にも大きな影響を及ぼします。
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・東京地方裁判所 平成31年3月25日判決(ウエストロー・ジャパン)
※本記事は提供された裁判事例に基づく一般的な工作物責任の解説であり、個別具体的な取引や法的トラブルにおける成果を保証するものではありません。実際の不動産管理や法的手続きに際しては、弁護士や建築士などの専門家へご相談ください。